聖書に基づきイエス・キリストの救いを伝える 一志キリスト集会(教会)

  人知をはるかに越えたキリストの愛

神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。
ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

(新約聖書・ヨハネの手紙 第1 4:9 )




■日曜学校:毎週日曜 午後1:30〜
■定期集会:毎週日曜 午後 2:30〜
(駐車場有)

 第12弾! 5月6月の特別集会のご案内「休ませてあげます」

   第12弾! 5月6月の特別集会のご案内「休ませてあげます」

5月6月の特別集会のご案内
 休ませてあげます

 我が家にネコが2匹。
時々、長期出張をしますが、2〜3日中には、必ず帰ってきます。
聖書にこう書かれています。
「牛はその飼い主を、ろばはその持ち主の飼葉おけを知っている」(イザヤ1:3)
これは、人間だけがその造り主を知らず、神に立ち返らないことを戒めて語っているものです。  これほど豊かになったのに、多くの人が病んでいます。”癒し”を求めています。 それでも癒されないのは、帰るべき方向が誤っているからではないでしょうか。 キリストは語られました。 「わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタイ11:28)

■日時 2008年5月18日(日) 2時半〜
■講師 朝比奈 隆 氏(高槻キリスト集会)
 
■日時 2008年6月8日(日) 2時半〜
■講師 中原 道夫 氏(京都キリスト集会)
 
■場所 一志キリスト集会 【駐車場有】

入場無料
 (寄付や献金などもいっさいございません)

 一志キリスト集会では、5月18日(日)と6月8日(日)の2日間いづれも午後2時30分より、特別講師をお招きして特別集会を行います。
5月18日(日)は大阪府高槻市・高槻キリスト集会の朝比奈 隆氏、6月8日(日)は京都市・京都キリスト集会の中原 道夫氏を予定しております。このホームページをご覧になったあなたも期待をもってぜひお越し下さい。はじめて来られるあなたをお待ちしています。

大きなポスターは▽こちら▽をご覧下さい。


 聖書メッセージ16

  「真夜中の賛美」


イメージ写真  真夜中の賛美
 「彼女の主人たちは、もうける望みがなくなったのを見て、パウロとシラスを捕らえ、役人たちに訴えるため役場へ引き立てて行った。そして、ふたりを長官たちの前に引き出してこう言った。「この者たちはユダヤ人でありまして、私たちの町をかき乱し、ローマ人である私たちが、採用も実行もしてはならない風習を宣伝しております。」群集もふたりに反対して立ったので、長官たちは、ふたりの着物をはいでむちで打つように命じ、何度もむち打たせてから、ふたりを奥の牢に入れ、足に足かせを掛けた。真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。目をさました看守は、見ると、牢のとびらがあいているので、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとした。そこでパウロは大声で、「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」と叫んだ。看守はあかりを取り、駆け込んで来て、パウロとシラスの前に震えながらひれ伏した。そして、ふたりを外に連れ出して、「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」と言った。そして、彼とその家の者全部に主のことばを語った。看守は、その夜、時を移さず、ふたりを引き取り、その打ち傷を洗った。そして、そのあとですぐ、彼とその家の者全部がパプテスマを受けた。それから、ふたりをその家に案内して、食事のもてなしをし、全家族そろって神を信じたことを心から喜んだ。」(使徒の働き16章19〜34節)

 逆境の中で

腑に落ちないことってありますね。年金問題しかり、ガソリン税しかり。納得の出来ないことは枚挙にいとまがありません。「何から何まで真っ暗闇よ筋の通らぬことばかり……」という唄がありましたが、今も昔も変わってはいません。今回の箇所もまさに真っ暗闇の場面です。時刻が、というだけでなく、パウロとシラスを取り巻く環境こそ、まさに真っ暗闇でした。不当な訴え、事情聴取省略での刑執行(鞭打ち、投獄)。
けれども、その暗やみの中から聞こえて来たのは、神への賛美だったのです。これは単なる“やせ我慢”なのでしょうか。それとも“本物”なのでしょうか。突然の“大地震”がその真偽を試すことになりました。

 揺れ動いた土台

突然の大地震が、堅固な獄舎の土台を揺れ動かしました。それだけではありません。パウロたちを見張っていた看守。彼の“人生の土台”をも揺れ動かしたのです。彼は、「自殺しようと」しました。たとい天災によるものであったにせよ、囚人が逃げた場合には、看守がその責任を問われたのです。彼は自分がその拠り所としていたローマの法によって、自らを裁かねばならなかったのです。人は、その信頼する対象から報酬を受け、また裁きを受けるのではないでしょうか。会社を頼りにする者は、会社から評価されます。自分の才能や能力に投資する者は、それによって報いを受けるのです。けれども、その信頼の対象となる会社や自分は、本当に信頼するに足るものでしょうか?

 信頼すべき方キリスト

会社なら倒産します。個人であれば病になります。家族も死にます。全ては無常(常ではない、変わっていく存在)なのです。看守は大地震によりそのことに気付きました。と同時に、何物によっても揺れ動くことのない土台を持っている人たちがいることにも気付いたのです。鎖が解けたのに逃げることすらしなかった人たちのことです。思わず看守は問いました。「救われるためには、何をしなければなりませんか」。その質問に対するパウロの答えは簡潔です。「主イエスを信じなさい」。そうです。主イエスこそ、私たちが信頼すべきお方です。全てのものは移り変わって行きます。けれども、このお方は決して変わることがありません。「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです」(ヘブル13:8)

 貴方もイエスを信じて下さい

物価は上がり、犯罪は増え、環境も悪化の一途を辿っています。人間の英知もこれらを食い止めることは出来ません。なぜなら人間は全知全能ではありませんし、何よりも自己中心的な“罪人”です。一体何を信頼すれば良いのでしょうか。結論は先ほど書いたとおりです。イエス・キリストを信じて下さい。そのために、是非一度、聖書から語られている集会においで下さい。こころからご来場をお待ちしております。

Br.Cova



聖書を中心にキリストの救いを伝える「一志キリスト集会(教会)」

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